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ハ・ジョンウのすべてを PART.3

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アンドレ・キム先生について

アンドレ先生といえば、白い装束に、独特な髪型?が印象的な方。
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世界的なデザイナーと呼ばれる所以は分かりませんが、
いわゆる韓流スターがファッションショーに登場するため、
私たち日本人も存在を知るうることになりました。

映画祭をはじめとする授賞式でも、主賓として招かれることが多かったため、
私個人としても、3回か4回、生アンドレ先生を拝見してるかも。




冬は、白装束にタータンチェックのマフラーを巻かれています。
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この組み合わせも私には理解できないのですが、このギャップがよいのでしょうか。

アンドレ先生について、wikiよりも、イノさんで詳しく紹介されていました。
韓国人に韓国を代表するデザイナーを選べと言えば、ほぼ間違いなくアンドレ・キム(69)を選ぶだろう。アンドレ・キムが韓国のファッション界に彗星のごとく登場したのは 1962年初ファッションショーだった。

1966年初パリ海外ファッションショーを皮切りに、世界の各地は勿論、国内で開かれる幾多の国際大会でまでファッションショーを開き、全世界の有名マスコミと観客から熱い感動と共感の喝采を浴びてきた。活発に活動する彼は現在 70歳を目前にした韓国初の男性デザイナーだ。それにもかかわらずファッションとビューティーの領域を自由奔放に往来し、影響力を誇示している。

** 農家の息子からファッションデザイナーになるまで **
彼は自分の幼少期や家庭の話を避けることで知られている。
また各種コンサートやレセプションに姿を現わす以外に、個人的な付き合いをほとんどしないため、彼の私生活についての好奇心は増幅し、よくアンドレ・キムはベールに包まれた人物だとして描写されたりした。

彼は 1935年京畿道高揚の農家の息子として生まれた。5人兄妹の中で四番目だった彼は、幼い頃から町内で見て来た伝統結婚式を見ては伝統衣装の美しさと派手な色感に惹かれるようになった。
その後彼は絵に関心を持ち、優れた素質を見せ始めたと言う。


また絵以外に英語の実力も特別で、世界に目覚めるようになってからは先見の明と行動で、外国映画と雑誌等を通してファッションデザイナーの夢を育てていった。以後、デザイナーになるためにソウルに上京、61年国際服装学院に登録してファッションデザイナーの本格的な道に入る。

62年ソコン洞にとうとう彼のオリジナル "サロンアンドレ"を開くことで、初めて "アンドレ・キム"という新しい名前と "男性デザイナー 1号" という二つの名を同時に得るようになる。
そうするうちに彼だけの独特のデザインで世間の話題になりつつ、パリファッションショーに参加するようになってから、彼の人生は変わった。

** 彼が言う彼だけの'城' **
アンドレ・キムを育てたのは実母ではなかった。
彼が 24才の時に亡くなった継母は彼に実母にも劣らない愛情を注いだ。そんな母を通して血縁とは関係なく真実の愛を学び、その愛は彼が養子にした息子に再び注がれている。
たとえ養子とはいえ、彼が注ぐ子供への特別な愛情は周りでうわさが立つほど有名だ。

また、結婚しない理由について彼は " 芸術は孤独の中で生まれ、孤独にあってこそ自分だけの情熱を作品に注ぐことができる" と言ったりした。しかし自分の息子だけは自分と違い、ささやかで幸せな家庭を持つことを願う彼の言葉からも子を愛する平凡な父親に過ぎないのだと感じることができた。


**彼と共に進歩を続けた '服'の話**
いつの日からか彼の独特の語り口調と行動は、マスコミはもちろん一般人の間で笑いのタネになり彼の非凡な容姿はいつも話題にのぼった。しかしアンドレ・キムの服に対する情熱はそう笑えるものでもない。彼は新しいファッションスタイルを追求するため、同時にモニターできる TV 4台を居間に揃えており、雑誌や新聞をなど大衆媒体から受けたひらめきをその場その場でスケッチして作品を構想したりする。

たとえ 70歳目前とはいえ、彼はいつも直接服の売場をディスプレーしてファッションショーに出る衣装はしつけ状態から、仕上げまで直接几帳面にチェックすることを欠かさない。
そして彼が今まで意固地なまでに守ってきた彼だけの原則がある。その一つが、簡単に外国製の生地を使わないというのだ。特に、海外でのファッションショーを準備する時は、良い国産布を得るためにソウル市内布市場を靴が擦り減るまで歩き回ったりした。彼は今までもその原則を守って国産原緞のみを使う。

外製布で韓国服を作るという点にアイロニーを感じたのだ。それでアンドレ・キムのファッションコンセプトは極めて韓国的で纎細だ。東洋的な美しさと色感は伝統的だが未来志向的な性向もたたえている。アンドレ・キムのコレクションには国境と時代、流行の壁を崩す熱い共感と感動があり、東洋と韓国の伝統を '精神'で、夢と時、懐かしさ、愛、自然を '情緒'で、女性美とロマンチシズムを '言語'にして彼のファッション世界を哲学的に解釈することができる。


彼は、ファッションの根源地であるヨーロッパでのファッショントレンドから決して影響を受けずに彼だけの独創的なデザインで勝負する。最も韓国的なものが世界的なのだと信じる彼だけの固執でもある。このような固執は幼い時代に見た伝統結婚式の時に花嫁が着た婚儀の礼服に始まったと言う。その派手な配色がどれほど気高いか、今なお絵のように彼の心の中を占め、作品の構想に多いに役立った。

韓国の先祖の柔らかい曲線美と配色のきれいな韓服の美しさは彼のファッション世界のひらめきであり源泉なのは言うまでもない。だから彼の衣装にはまるで昔の宮廷でも見るかのような荘厳で気品ある雰囲気がある。東洋的な香りが漂う原色の原緞と、金箔や刺繍を利用した文様は、観客にとって昔に帰ったような錯覚を起こさせる。男性服の主なスタイルはこぎれいで淑やかな suit 調や、綿を入れて縫ったコートが多く披露される。筒が広がったようなパンツにブーツを履き、まるで乗馬服を連想させるスタイルはスポーティーながらも男性的な雰囲気を演出する。

婦人服の場合は、派手な色相のドレスの種類を見られる。露出度を抑えながらも優雅な雰囲気を演出できるイブニングドレス風のデザインで、上半身はタイトに、下半身にはボリューム感を出して女性らしさの極致を見せてくれる。金箔飾りや刺繍は主に胸部などに多く用いられ、韓国的雰囲気を出すアンドレ・キムの主要ディテールでもある。

西欧ヨーロッパの衣装が現代の普段着になった状況で、いくら韓服が美しいと言っても世界の人々に共感してもらえる美を見せるには力不足と思ったが、オリンピックと縁が深かった彼は、去る 88年ソウルオリンピックでの記念ファッションショー以後 IOCの招請を受けて 92年バルセロナと 96年アトランタオリンピック、2000年シドニーオリンピックまで 4回にわたって世界舞台に立つことで、韓国の伝統的な美しさを広めた。世界の先端トレンドにだけエネルギーを消耗していた当時に、アンドレ・キムは韓国そして東洋の感性を大事にしながらも、現代服式としての新鮮度を持った服を作ろうと一人でさびしい道を歩いて来たのだ。


また彼のコレクションの楽しさはまさにスターたちにある。毎回開かれる彼のファッションショーには有名スターたちがモデルになりよく登場するからだ。当代最高のスターたちがアンドレ・キムの衣装を着てワーキングする姿は、作品の感想外にもう一つの楽しさがある。それに彼の派手な衣装に劣らないスポットライトを浴びるので彼のショーに立てばすぐスターになれるという噂もスターたちが見られる理由でもある。

真正な美しさを追い求めて浅薄さを避ける彼のファッションショーの構成は、いつも純白と優雅さの極致において表現され、変わらぬ彼だけのスタイルを見せてくれる。また、フィナーレでは二人の男女スターがウェディングマーチを連想させる純白の礼服を着て額を突き合わせるポーズを取るのだが、このパフォーマンスはアンドレ・キムファッションショーのトレードマークになったりした。
ファッションデザイナーになって以来今まで、自分の服を商品だと思ったことがないというアンドレ・キム。オペラやバレー、演劇のような総合芸術で感動を味わうように、ファッション衣装も充分に感動を呼び起こす創作芸術だと信じる。


なおかつ衣装とともに音楽、美術が一体となるファッションショーは総合芸術だと思う。ゆえに韓国内で彼の衣装は名品と認められているし、その派手さと独特さから普段着よりは宴会用や礼服として多く求められている。現在彼は子供たちをターゲットにした 'アンドレキッズ'を新たにランチャーしてランジェリー、化粧品市場にも領域を広げている。外国の場合ジバンシイ、ピエールカルダン、クリスチャンディオールなど男性デザイナーが芸術家として世界的名声を得て愛されているが、彼の場合はそうはできない。

海外では `アンドレ・キム'といえばファッション外交使節として高く賞賛されたが、国内では作品活動以外の途方もない噂と誤解で傷ついたりした。ファッションスタイルの変化がない、国内での基盤が弱い、など胸痛む熱い叱責の声もあった。しかし `ファッション'と言う仕事をするようになってやりがいと喜びを感じることができ、多くの人々との出会いの中で生きていく知恵を学ぶことができて幸せだったと彼は言う。

初の男性デザイナーとして歩み初め、一生をファッションに捧げたアンドレ・キム。"時間が経っても、韓国人として生まれ、外国のファッションのみを追わずに韓国を広く知らせようしたデザイナーアンドレ・キムとして覚えていてもらいたい。私はちっとも澄んだ水になりたくなかった。

今後とも命尽きるその日まで進化を続けるデザイナーとして生きることを望むだけ。"と彼は言う。
元記事は、こちら

若かりし頃の写真を探してみました。
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若かりし頃はイケメンだったんですね~
ジョンウはどんなアンドレ先生を演じるのでしょうか。

by sakaki
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by kusu_woo | 2012-01-11 00:37 | 앙드레 김/アンドレ・キム | Comments(4)
Commented by kyon2 at 2012-01-11 21:40 x
日本のホテルの廊下ですれ違い様、会釈してしまったのが・・・昨日のことのようです。
ジョンウの演じるアンドレキム氏今から楽しみです。
Commented by sakaki☆ at 2012-01-12 00:15 x
> kyon2さん

日本のホテルで遭遇だなんて、凄い偶然。
Commented by kyon2 at 2012-01-12 23:38 x
sakaki☆さん、遥かむかし・・・赤坂のホテルで お目当てには遭遇できなかったのさ(爆)
Commented by sakaki☆ at 2012-01-13 00:27 x
> kyon2さん

別の目的があっての、赤坂のホテルだったんですね(にやり)